※この記事には、作品の内容に触れる表現や
ネタバレを含む場合があります。 未視聴の方はご注意ください。
デッドマン
(Dead Man)
作品データ
1995年|アメリカ|ドラマ/西部劇
監督:ジム・ジャームッシュ
出演:ジョニー・デップ、ゲイリー・ファーマー、ロバート・ミッチャム ほか
間違って撃たれて、西へ進み続ける男の話
仕事を求めて西へ向かった男が、成り行きで撃たれ、なぜか死に向かって旅を続ける話。
ざっくり全体要約
会計士のウィリアム・ブレイクは、仕事を求めて西部の町へ向かうが、到着早々に職を失い、ある出来事をきっかけに撃たれてしまう。生死の境をさまよいながら町を追われ、荒野をさまよう中で、ネイティブ・アメリカンの男ノーバディと出会う。ノーバディはブレイクを「詩人ウィリアム・ブレイク」だと信じ込み、死へ向かう旅を導くように同行する。追っ手に狙われながら、西へ、西へと進むその旅は、逃走というより、終わりに向かう通過点みたいに進んでいく。
何も分からないまま撃たれる主人公
ブレイクは、銃の扱いも荒野の知識もない、完全に場違いな存在。最初は状況を理解しきれず、なぜ追われているのかもはっきりしないまま進むことになる。撃たれた傷は治る気配がなく、体調も精神も少しずつ削られていく。その鈍さが、逆に現実感を薄くしていく。
文明が終わった先みたいな西部
この映画の西部は、開拓のロマンより、暴力と混乱がむき出しになっている場所として描かれる。町は汚れていて、人は荒んでいる。ルールはあるようでなく、命の重さも一定じゃない。進めば進むほど、現実というより、どこか象徴的な空間に入っていく感じが強まる。
ノーバディという奇妙な案内人
ノーバディは、ブレイクを過去の詩人と重ねて見ていて、その前提で話しかけてくる。言葉は哲学的で、時々冗談みたいでもあり、何を考えているのか分かりにくい。でも彼の視点を通すことで、ブレイクの旅は「逃げ」から「移行」みたいな意味合いに変わっていく。
追われながら進む静かな道行き
賞金稼ぎや町の人間たちがブレイクを追ってくるけど、銃撃戦は派手になりすぎない。暴力は突然起きて、あっさり終わる。その淡々とした描き方が、死が特別な出来事ではない空気を作っている。ブレイク自身も、抵抗しているというより、流れに乗っている感じが強い。
たどり着く終着点
物語の終盤、ブレイクはノーバディに導かれ、ある場所へ向かう。そこは帰る場所というより、送り出される場所に近い。何かを克服したとも、勝ち取ったとも言いにくいまま、旅は区切りを迎える。その静けさが強く残る。
この映画のポイントなに?
西部劇の形を借りて、生と死の境目を描いているところが特徴的。説明は少なく、意味は観る側に委ねられる。モノクロ映像と独特な音楽が、現実感を少しずつ遠ざけていく。
たぶんこんな映画
物語を追うというより、感覚に身を預けるタイプ。理解しようとすると置いていかれるけど、流れに乗ると不思議と腑に落ちる瞬間があるかもしれない。観終わったあと、静かに余韻が残り続ける映画っぽい。

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