テルマ&ルイーズ

※この記事には、作品の内容に触れる表現や
ネタバレを含む場合があります。 未視聴の方はご注意ください。




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テルマ&ルイーズ
(Thelma & Louise)

作品データ
1991年|アメリカ|ロードムービー/ドラマ
監督:リドリー・スコット
出演:スーザン・サランドン、ジーナ・デイヴィス、
ハーヴェイ・カイテル、ブラッド・ピット ほか


まずはざっくり何の映画?

『テルマ&ルイーズ』は、
「ちょっとした週末旅行」が、取り返しのつかない逃避行に変わっていく映画

日常に息苦しさを抱えた2人の女性が、
ある夜の出来事をきっかけに警察から逃げることになり、
そのままアメリカの荒野をひたすら車で走り続ける。

物語自体はシンプルだけど、
その中で描かれるのは
・女性の抑圧
・怒り
・連帯
・自由への衝動
みたいなものが、かなりストレートにぶつかってくる。


テルマとルイーズ、最初は全然違う2人

テルマは、
支配的な夫のもとで暮らす、どこか頼りない主婦。

一方のルイーズは、
仕事も自立心もある、現実的で強気な女性。

性格も立場も違うけど、
2人とも「今の生活がしんどい」という点だけは共通している。

だからこそ、
ただの小旅行が、
2人にとっては「逃げ場」みたいな意味を持ってる。


すべてが変わる、あの夜の出来事

途中で立ち寄ったバーで、
テルマが男に襲われそうになる。

ここでルイーズが男を撃ち殺してしまう。

重要なのは、
これは計画でも復讐でもなく、
反射的な行動だったってところ。

この瞬間から映画は、
「事件をどう解決するか」じゃなく
「もう元には戻れない2人をどう描くか」
に完全に舵を切る。


逃げるほどに、自由になっていく奇妙さ

警察に相談するという選択肢もあったはずなのに、
2人はそれを選ばない。

それは単なる恐怖だけじゃなくて、
「どうせ信じてもらえない」
「この社会は自分たちの味方じゃない」
という、長年の実感があるから。

皮肉なのは、
逃げれば逃げるほど、
2人がどんどん生き生きしていくところ。

・車を乗り回す
・強盗をする
・男たちに啖呵を切る

社会的には完全にアウトなのに、
精神的には、明らかに解放されていく。


ブラッド・ピットの役割が象徴的

若きブラッド・ピットが演じるのは、
チャラくてセクシーな若い男。

テルマは彼に惹かれ、
一夜を共にするけど、
結果的にお金を全部盗まれる。

ここもこの映画らしいポイントで、
「ロマンスによる救済」は一切ない。

男は助けてくれないし、
ヒーローにもならない。

この映画では、
最後まで頼れるのは
テルマとルイーズ、お互いだけ


追う側の男が、唯一の理解者

警察側のハーヴェイ・カイテル演じる刑事は、
2人を捕まえようとしながらも、
彼女たちの置かれた状況を理解し始める存在。

彼は「優しい男性像」ではあるけど、
それでも構造自体は変えられない。

この映画は、
「理解してくれる人がいる=救われる」
とは描かない。


あまりにも有名なラストシーン

ラスト、
グランドキャニオンの断崖絶壁。

警察に包囲され、
戻る場所も、進む道もない中で、
2人は車を止めずに崖へ向かう。

あのシーンは、
死を選んだとも、
永遠の自由を選んだとも取れる。

でもたぶん大事なのは、
「誰にも止められない選択を、自分たちで決めた」
ってこと。


この映画が今も語られる理由

『テルマ&ルイーズ』は、
フェミニズム映画として語られることも多いけど、
それ以上に
「生き方を奪われ続けた人が、最後にどう振る舞うか」
を描いた映画だと思う。

スカッとする部分もあるし、
後味は決して良くない。

でも見終わったあと、
なぜか忘れられない余韻が残る。

自由って何なのか。
正しさって誰のものなのか。

そんな問いを、
エンディングの空中に置き去りにしたまま、
映画は終わる。

だからこの作品、
何年経っても
「伝説」みたいに語られ続けてるんだと思う。

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