※この記事には、作品の内容に触れる表現や
ネタバレを含む場合があります。 未視聴の方はご注意ください。
アモス&アンドリュー
(Amos & Andrew)
作品データ
1993年|アメリカ|コメディ
監督:E・マックス・フライ
出演:ニコラス・ケイジ、サミュエル・L・ジャクソン ほか
勘違いが連鎖して、全員が引くに引けなくなる話
とある出来事をきっかけに、ちょっとした誤解が発生して、それを誰も正しく止められないまま事態が膨らんでいく。善意と保身が交互に顔を出して、気づけば全員が変な役割を背負わされている感じになる。
静かな郊外で起きた思い込みが、騒動へ転がる全体像
新しく家を買った作家アンドリューは、引っ越し初日に近所で不審者扱いされ、警察沙汰に巻き込まれる。通報や現場判断が噛み合わず、事態は人質事件のように誤認されていく。そこに刑務所帰りのアモスが加わり、警察の思惑と現場の現実がどんどんズレていく。
巻き込まれ体質の作家と、利用されがちな男
アンドリューは理性的で穏やかだけど、状況に流されやすい。アモスは図太そうに見えて、実は立場が弱く、話の都合で使われてしまう側。二人とも自分から騒動を起こしたわけではなく、周囲の決めつけに押されて動かされていく。
郊外の一軒家が、なぜか大事件の舞台になる
舞台は落ち着いた住宅街の一軒家が中心で、銃や警官が集まってくるほどの場所には見えない。けれど外では完全に包囲され、内と外で認識が噛み合わない状態が続く。静かな場所ほど混乱が際立つ感じが強い。
誤解を利用する判断が、さらに混乱を呼ぶ展開
警察側は体裁を守るために話を大きくし、アモスは生き残るために役割を引き受ける。アンドリューは事態を収めようとするけれど、その動きが逆に誤解を補強してしまう。誰かが正直になれば終わりそうなのに、誰もそれができない流れ。
勘違いがほどけて、現実に戻っていく終わり方
膨らみきった状況は、ある瞬間に一気に力を失い、事実が表に出ていく。登場人物たちは自分の立ち位置を見直すことになり、騒動は収束へ向かう。後味は騒がしかった分、少し力が抜ける感じで終わっていく。
この映画のポイントなに?
差別や偏見といった重い題材が背景にありつつ、話の運びはコメディ寄り。真面目に向き合うというより、ズレた判断がどれだけ事態をややこしくするかを見せてくる。ニコラス・ケイジの空回り感と、サミュエル・L・ジャクソンの存在感の対比も印象に残りやすい。
たぶんこんな映画
誰かの思い込みが、別の誰かの都合と結びついて、大ごとになってしまう話。笑える場面が多いけど、背景を考えると少し居心地が悪くなる瞬間も混ざっている。観終わったあと、最初の勘違いって何だったんだっけ、と振り返りたくなるタイプの作品かもしれない。

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